精霊船
「医療事故に遭った、かもしれない」
それから今日まで、私が受けた苦悩を全てお伝えしてきました。
いえ、全てではありません。
もっと苦しいことがありましたが、お伝えすることができません。
事故後 半年余り経った、2010年の7月、
事故が報道されても、友人や知人に事故のことを説明しても、
私の気持ちをわかってもらえないことが辛くて…、
でも、それが当たり前だとわかった時、
「辛いけれど、不幸ではない」と
自分の人生がありがたいものであることに心から感謝することができました。
(参照 25.みんなで育てる、みんなの子ども)
そして8月中旬、このHPに「事故の詳細」を載せ、
10月中旬に「ははのくのう」を掲載し始めたのですが、
今度は逆に、私の気持ちを、
「気持ちはわかる」、「思いは同じ」と言ってくる人達に苦しめられました。
思い出したくもない事故の忌まわしい体験を文章にするのは、
胸をえぐられるような苦しみでした。
眠れない夜、眠ることを諦め、頭を支配している言葉をメモに取り、
手繰り寄せては纏めて書き綴り、また並び替え、書き直す。
名誉毀損で訴えられないように、
書けない事に憤りを感じながら、配慮し、言葉を探し、選び、
泣きながら、震えながら、その作業を何度も繰り返し出来上がった文章を
夫に見てもらい、弁護士の先生に見てもらい、
そしてまた書き直す、そうやって書き綴ってきたものです。
2010年12月末、産経新聞の示談成立の記事やrkb福岡放送の番組のおかげもあって
私達のHPをご覧になった方から、
たくさんの応援や共感の言葉を頂き、感謝の気持ちでいっぱいでしたが、
中には、単にHPの表面的な部分だけをお読みになって、
高齢出産が原因じゃないかという人もいらっしゃいましたし、
私の文章表現のつたなさから、誤解を招いてしまったこともありました。
けれど、分かってもらえないことは苦にはなりませんでした。
私達の“再発防止”という思いを読み取ってくださり、
ご自身の辛い体験を公表してくださった方もたくさんいらっしゃって、
逆に、私達の気持ちが伝わっていることをありがたく思いました。
ところが、私達のHPを見つけて嬉しかった! と言われて、
さらには、HPからわざわざ私達を探し当てられて、
ご自分も出産時の事故に遭い、赤ちゃんが亡くなったと、
ご自身の辛い体験を、医療従事者に対する恨み辛みを、
赤裸々にメールやレポート用紙などに書き綴られ、
連絡してこられた方々もいらっしゃったのです。
2011年1月3日のHPの書き込みで、さらなる事故が発覚して、
実は、その出産時の事故も同時期に知らされていて、
私は「34.さらなる事故」でお伝えしている以上に、
辛くて、苦しくて、常に涙が流れて、
今までに経験したことのない精神状態で
日々を過ごすのがやっとみたいな感じでした。
こんなに一生懸命書き綴っても、
赤ちゃんの事故は一向に減らない。
医療従事者の方々にはちっとも響かない、
怒りの羅列としか思われていないのだろうか? と。
それでも、投げやりにならず、
千里の道も一歩からの思いで、
「ははのくのう」を書き続けました。
それが逆に自分の感情から逃げずに、見つめることができ、
気持ちを落ち着かせることができたのかもしれません。
2011年2月15日、全く突然、浩太郎が亡くなって、
通夜、葬儀を終え、三日参りの日
「夢の世に仇にはかなき身を知れと 教えて還る子は知識なり」
この和歌を引用して、お坊様が説法をしてくださった時、
私達が経験したことは、全て浩太郎の導きだったのだと思いました。
浩太郎が世の中に伝えようと、
私に文章を書かせているのだと思ったのです。
(参照 15.
“釋浄蓮童子”
になりました)
そして「示談成立までの歩み」を書き始めました。
夫は、それまでに私が文章を書くことで苦しむ姿を見ていますから、
もういいのではないか、もう十分ではないかと心配してくれましたが、
私はなんとしても女性が安心して子どもを産める環境にしなければ、
母として、浩太郎に申し訳が立たない一心でした。
けれど、その私の思いとは裏腹に、
九州医療センター提訴の報道をしてほしいと報道各社にお願いしても
「○○さんのお気持ちはわかりますが、
名誉毀損で訴えられるかもしれないという上層部の意向で…」と断られ、
そして、さらに再びさらなる事故が起こっていたことがわかり、助産師の妊娠がわかり、
私は医療界に対する怒りと悔しさと悲しさと不安と恐ろしさと…で、
何と表現すればいいか…、
その時の精神状態を表現する言葉が思いつきません。
怒りにまかせて「33.口外禁止条項」を書きました。
最初、その文章は、もっと医療従事者を非難する文章でしたが、
弁護士さんに目を通していただいた時、冷静さを失っているとなだめてくださいました。
夫も、「また事故が起こったことを自分の力が足りないせいだと思わなくてもいいんだよ」
と慰めてくれました。
そして、「もう終わりにしよう、これ以上、きみの苦しむ姿は見ていられない、
浩太郎の初盆に精霊船を流すのを期に、僕達の人生を歩もう」と言いました。
そして、助産師の謝罪を受け入れ、
やっと気持ちにけりがつき、
自分の生活に目を向けることができるようになったのです。
それから私は、「33.口外禁止条項」を書き直し、
浩太郎の精霊船を流すまでに、
浩太郎の事故によって、私が受けた苦しみの残り全てを公表しようと、
「ははのくのう」を書き急ぎました。
そして出産事故を知らせてこられた方々に
事故の大まかな概要や事故を知らせてこられた経緯を載せさせてほしいとお願いしました。
一刻も早く出産事故が起こっている現場の実情を世の中へお伝えすることが、
出産現場の改善につながると思ったからです。
けれど、断られました。
その時点で、おひと方は既に弁護士を立てて病院を訴えられており、
病院側からも既に非を認められておられましたし、
もうおひと方も、病院からカルテを入手し、弁護士に相談されたので、
再発防止のために快く承諾していただけるものと思ったのですが…。
私達のHPをご覧になられて、
ご自分も全く同じ目に遭ったと、赤裸々に事故の一部始終を、
医師や助産師に対する恨み辛みを書き綴ってこられながら、
ご自分の事故については辛くて公表したくないと仰る、
「○○さんの気持ちはわかりますが…、
その病院でしか助からない患者さんの不安をあおりたくない…」と。
私と「思いは同じ」と仰いながら、
「訴える時に不利になったら…」と逆に責められ、
事故の概要はおろか、あろうことか事故を知らせてこられた事実さえも
載せてくれるなとまで仰ったのです。
何のために、わざわざ私達に出産事故を知らせてこられたのでしょうか?
その方々が出産事故を知らせてこられた時、浩太郎は生きていました。
ご自身は誰にも言えなかった辛い体験を吐き出すことに精一杯で、
浩太郎と同じような状態の赤ちゃんが亡くなったことを知らされた私達が、
どれほど恐れおののき、苦しみ、不安を抱いたか、
想像もしていらっしゃらないと思います。
私は、もし、私があとほんの少し助産師を呼ぶのが遅かったら、
浩太郎も同じようにNICUに運ばれても助からなかったのではないか、
と、恐ろしくてたまりませんでした。
また、赤ちゃんがもうすぐ6ヶ月になるという直前に亡くなったことを
「医者に殺されたんじゃないか!」とまで仰られていて、
浩太郎も同じ目にあうのではないかと、
不安でたまりませんでした。
その不安と恐怖から、
いったいどこで出産すればいいの? と
「16.17.刑事告訴について」と「18.出産施設について」を書いたのでした。
私は、医療従事者の笑顔が信じられなくなりました。
浩太郎がお腹にいたときの助産師や医師の笑顔、
浩太郎の目の前で診療をしている医師や看護師の笑顔、
その笑顔の裏に、真実を隠し、平然と診療をしているのか?と
疑心でいっぱいになったのです。
今でも、白衣を見ただけで、
医療従事者の方々は、何かあったら、
こぞってみんなしらを切るのではないかと恐ろしくてたまらないほど、
医療従事者に対する不信感に苛まれてしまい、
かかりつけの歯科や眼科に行くことさえも怖くなってしまいました。
それらの出産事故での医師や助産師・看護師の言動は恐ろしい限りですが、
お伝えすることができず、
産科医師が当直していないことや、
助産師が自然分娩にこだわりすぎて、胎児への危険の察知が遅れたり、
出産予定日を過ぎて、陣痛促進剤投与後、
何日間も陣痛を我慢させられて、帝王切開術の判断が遅れたりなど、
現在の産科医療の体制が、果たして妊婦、赤ちゃんにとって安全なのかどうか、
問題視されることもなく、改善されないままになることが
私には不安で仕方ありません。
私達は裁判に勝てる見込みがあるかどうかを聞くために、
弁護士さんを訪ねたのではありません。
弁護士さんからは負ける可能性も十分説明していただきました。
恨み辛みで、HPを立ち上げたのでもありません。
名誉毀損で訴えられることになろうと、
裁判で負けることになろうと、
そんなことよりも、自分の子どもを守りたかった。
だけど、浩太郎はもう元には戻らない
だったら
二度と浩太郎と同じように苦しむ赤ちゃんを増やさないこと
二度と私達のように苦しむ親御さんを増やさないこと
それが浩太郎の望みだと思いました。
その浩太郎の望みを叶えることが親としての務めだと思いました。
私の「気持ちはわかる」、私と「思いは同じ」と言うのなら、
公表しないことを正当な理由の如く言い訳してほしくはなかった。
当初は公表しようと思っていても、それを貫く覚悟がないのなら、
安易に取材を申し込んできてほしくはなかった。
私達にだけこっそりと出産事故を知らせてきてほしくはなかった。
私達がどんな思いで事故を公表しているのかわかりもしないで、
軽々と私の気持ちがわかるなどと言ってほしくはなかった。
できないことの理由を挙げる人は、
それが正当な理由だと思っているのではないでしょうか?
自分の精神が欲に捕らわれているなんて気づきもしないと思います。
言い訳を正当化して、自分の煩悩に目を背けているだけではないでしょうか?
自分の信念が正しいものであれば、必ず道は開けると私は思います。
協力してくださる方は必ずいらっしゃる。
現に、名誉毀損で訴えられないように、
弁護士さんはそもそも契約の範囲ではない
私の文章の添削をしてくださり、アドバイスまでしていただきました。
たくさんの方々の協力を得て、
この「ははのくのう」を掲載してこられたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
正しいことをしているのか? と不安になったとき、
「らくがき帳」に書かれている励ましの言葉を何度も読み返し、
涙を流しながら、また書く勇気をいただきました。
ありがとうございました。
「ははのくのう」はこれで終わりにいたしますが、
私達の経験を、
出産現場を改善するための、医療体制を見直すための
取っ掛かりにしていただければ幸いに存じます。
2011年8月15日 大雨の中でしたが、精霊流しが盛大に行なわれました。
親戚や友人、そのご家族、地域の方々、そのほかたくさんの方々のご協力を得て、
浩太郎の精霊船を流すことができたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
また、何よりも嬉しかったのは、沿道から、
「テレビで見たよ」、「わぁ〜、かわいいねぇ」と
声をかけていただいたことです。ありがとうございました。
この精霊流しを期に、私達は前を向いて歩き出させていただきます。
私のつたない文章をお読みくださって、
励ましの言葉をくださって、
本当にありがとうございました。
2011年10月26日(11月7日搭載)