NICU




浩太郎が入院していたNICUでは、

毎日のように赤ちゃんが運ばれてきて、いつの間にか退院して、

常に10人前後、多い時は14人ぐらいの赤ちゃんが入院していました。





ほとんどが2500g以下の未熟児で、1000g以下の赤ちゃんもいました。





浩太郎の面会に毎日通う中、他の赤ちゃんに目をやっていると、

医師から「周りの赤ちゃんを見ないでください」

とピシャリと言われました。

私達は興味本位で見ているわけではなく、

浩太郎はこれからどうなるのか?

私達は何をすればいいのか?不安でたまらなくて、

浩太郎と同じような症状の赤ちゃんはいるのだろうかと

いればそのお母さんとお話して、

情報交換をしたり、励ましあったり、

慰めあったりできればと思ったのですが…。





個人情報保護法でしょうか?

この医師の言葉で、赤ちゃんの親同士が話をすることなど一切無く、

NICUの中は和やかな雰囲気はありませんでした。





NICUの中に入るための白衣は8枚で、

面会時間は3時からと夕方5時20分からの2回あるのですが、

3時〜4時20分までの面会時間には、

入院している10人前後の赤ちゃんのお母さんやお父さんが

早くから廊下で順番待ちをしている状態です。

ですから一人30分の面会時間となるのは仕方ありません。

3時に入れなければ、先に入った方と交代しても

面会時間終了までに30分もない時もありました。



運良く3時に入室できても、それこそカンガルーケアでしょうか?

状態がよくなった赤ちゃんにはお母さんが直接授乳しますから、

当然30分というわけにはいかなくなります。

となると授乳の必要なのない私は

「お母さんそろそろいいですか〜」と退室を求められるのです。





辛かった。

このNICUがなければ、浩太郎は生きることはできなかった、

そんなことはわかっている、

厳しい状態の赤ちゃんを診てくださっている

それもわかっている





何にも言えずに立ち去るしかありませんでした。





そんな状況のなかでも

私はなんとか人工呼吸器をつけている赤ちゃんを見つけて、

そのお母さんに、折を見て、NICUの外の廊下で話しかけました。





そのお母さんも毎日真っ赤に目を腫らし、面会が終わった後、

廊下のベンチに座って、熱心に記録を取っていらっしゃったのです。

早産で900gぐらいの未熟児で生まれたと仰っていました。





目の治療や心臓の治療をしているらしく、

状態がよくなれば人工呼吸器もはずせるかもしれないと

医師から言われたことなどを教えてくださいましたが、

なにせ皆さん緊迫した状況ですので、

その後会釈を交わすぐらいでお話しすることはありませんでした。





私が声をかけれたのはこのお母さんだけでした。

最初は人工呼吸器をつけていても、

ほとんどの赤ちゃんがいずれはずれていくのです。

前述の赤ちゃんの人工呼吸器もはずれ、

いつのまにか退院していかれました。



3月18日 気管切開術をして、

浩太郎が自力で呼吸をする望みは少なくなりました。

それでも私達は奇跡を信じて

希望を捨てることはありませんでした。



4月に入ると、私も無理にでも

元の生活を取り戻すように夫に言われ、

少しずつ自分の時間をつくるようにし、

夕方5時20分からの時間帯に面会に行くこともありました。



夕方からの勤務帯では、NICUの看護師さんは2人になります。

3時間ごとに10人前後の赤ちゃんに

哺乳瓶や注入でミルクをあげながら看護するのですから

昼にも増してそれはそれは忙しく、看護師さんはピリピリしています。

モニターの警告音がなっても、すぐには診てくれません。

「あぁ、大丈夫ですよ、電線の接触が悪いだけだから、

昼間もいつも鳴ってるんですよ!」



私は言葉を失いました。

もし、いつもと違ったら? とは考えないのだろうか?

もしも、機械が故障していたら? とは考えないのだろうか?





“今まで何事もないから=大丈夫”とは限らないはずです。

その過信はどこから生まれるのでしょうか?





忙しいのは見ればわかります。

厳しい勤務体制の中で、一生懸命

やってくださっているのもわかっています。





でも、だからといって、事故が起こってしまったら、

なんにもならないのではないでしょうか?





それで事故が起こったら、

患者の運命と諦めなければならないのでしょうか?





人手が足りないのなら、

なぜ、現場から声を上げて、

勤務体制の改善を求めてくださらないのでしょうか?





声を上げていらっしゃるのかもしれません。

では、なぜ、40年以上も改善されないのでしょうか?





私達一般市民は、病院にかかって

初めて現場の実情を知るのです。

事故が起こっていても、

人手が足りないのを言い訳に、“医療は難しい”を理由に、

事故を隠蔽されてしまえば、

医療現場の実情を知る由もありません。





では、だれが、どうやって改善してくれるのでしょうか?





こんなこともありました。

人工呼吸器をつけている場合は

喉や気管に痰がつまらないように、

口や鼻に細い管を入れて吸引をするのですが、

浩太郎は顔を真っ赤にして、とても痛そうなのです。

「これをしないとこうちゃんが苦しくなるからね〜」と

気遣って優しくやってくれる看護師さんもいれば、

容赦なく乱暴にやる人もいます。





忙しい時には、口いっぱいに唾液がたまって、

だらだらと流れていても吸引してくれなかったこともあります。

別の日には、ガーゼを口に突っ込まれていたこともありました。





浩太郎は瞼を閉じることができないので、

乾燥しないように、私達が面会するとき以外は

湿らせたガーゼを目の上に当ててくださっているのですが、





ここのNICUではありませんが、

浩太郎と同じような症状の子を持つお母さんの話では、

目の中に手を入れてクリーム状のお薬を塗ることもあるようで、

心配で見ているお母さんに対して、看護師さんは

「大丈夫ですよ、○○ちゃんは痛みは感じないから」と言ったそうです。





私は、お医者さんや看護師さんにとって、

患者とは「病気」であって、

「人」ではないのだろうか?と思いました。





夫が救急搬送された病院の壁に

「診療心得」というのが貼ってあって、

“患者さまを自分の家族と思って診療します”

という言葉が妙に心に残りました。





私はお世話になったNICUに

苦情を言っているわけではありません。

浩太郎にかかわってくださった

お医者さんも看護師さんもリハビリの先生も

ご自分達のできる範囲で、皆さんよくしていただきました。

とても感謝しています。





ただ、医療界の現状をたくさんの人々に知って頂いて、

改善してもらうために事実を公表しているのです。





現場の実情が明かされないで、

改善するのは不可能ではないでしょうか?





人の命を守っていただくために

誠意ある医療従事者の崇高な精神を

萎縮させることのない医療現場にしていただきたいのです。





それが医療の発展のために“医療従事者を守ること”ではないでしょうか?