示談成立までの歩み その8 「助産師の任務」




2010年9月17日、弁護士事務所を訪れた時、

未だ産科医院側からの「説明会」

(参照 その4、その6、その7)についての進展はなく、

今度は助産師の心療内科の受診記録を提示されました。





その後、自宅に帰り、夫と話している内に、

やはり私達の気持ちが弁護士さんに

今ひとつ理解していただけていないような気がして

以下のメールを送信しました。









私達が一番心を痛め、訴えているのは、

私が浩太郎の異変を告げているにもかかわらず、

きちんと診てくれなかった事、

そして安易に「大丈夫」と告げ、

ナースコールの目視もさせずに、その場を立ち去った事、

私は「大丈夫」という言葉を信じたのですが、不安で不安でたまらず、

ずっと「本当に大丈夫なんですか?」と

言い続けたにもかかわらず、誰も居なかったという事実、

そしてその不安が的中し、「でも心音はしてます」という言葉を聞いた時の

私の気持ちなのです。

その時私は「いやーーーーーーーーーーーっ!」と叫び声を上げ、

それに至る状況は人々の想像を絶するものだと思います。





私は目の前でわが子を殺されたも同然なのです。





夫はその尋常でない叫び声を聞き、駆けつけ、

私が「こうたろう!」「こうたろう!」と尚も叫び続けて、

分娩台に横たわったまま、動かない体で両手を前に突き出し、

分娩台から今にも飛び出そうとしている体を

「どうした!」「どうした!」と聞きながら、

必死に両手で押さえつけていました。

その時の叫び声、状況は私達の脳裏に焼き付けられ、

今でも私たちを苦しめます。





夫は浩太郎が市民病院に搬送され、

市民病院の医師から説明を受けた後、

「これは医療事故だ!」と断言しています。

しかし、それは両親の介護を経験している夫だから気づいた事であり、

普通、医者という立場の人間に

物申すことなど一般市民には到底できないことです。

夫にしましてもかなりの勇気が要ったことだと思います。

今のままでは夫の頑張りが無駄になってしまいます。

(参照 事故の詳細 その3)

私は、私がもっと大きな声で言えばよかったのかとか、

私の胸で浩太郎の鼻が塞がって息ができなかったのではないかと

自分を責めていましたが、

市民病院の医師から、

「生まれたばかりの赤ちゃんはうまく呼吸ができないことは当たり前で…」

という言葉を聞き、
(参照 事故の詳細 その4)

入院5日間の間に、

恨みつらみでこれからの人生を生きていきたくはない、

こうなったのには何か意味があるのだろうと思いを切り替え、

浩太郎の呼吸が何故止まったのかはわからないにしても、

二度とこのような悲しい思いをする親御さんが増えないでほしい

という思いから、公表することを院長に告げたのです。

その時点で、院長も師長も、非を認めているのです。

経過報告の中でカンガルーケアと言葉はでましたが、

そのことはその時点で一切関係ないのです。





ですから、私達はカンガルーケア云々ではなく、

助産師が本来しなければならない任務を怠った事を訴えているのです。





ナースコールは命綱です、その目視確認を怠った事、

その場を離れる時に、一言もそのことを告げず、その場を留守にした事、

患者の異変を見もしないで、「大丈夫」と言った事、





その助産師としての言動にどれ程の責任感を持っているか、

カンガルーケアの危険性を認知していなかったとしても、

出生直後の赤ちゃんは非常に不安定であることは、

助産師、産科医、新生児科医にとっては常識です。





院長がカンガルーケアの危険性を知らず、

スタッフに教育していなかったとしても、

助産師が本来の任務を果たしていれば、

浩太郎はここまで酷い状態になることはなかったのです。





医師に対しては、出産直後の母子を助産師にゆだね、

ほったらかした事、

夜の分娩であることは午後1時の時点で分かっていたにもかかわらず、

通常の夜勤体制のままだった事です。





もし、私が助産師を呼んでいなかったら、

浩太郎はその時、確実に亡くなっていたでしょう。

それをどう捉えるのか、

全く助産師の対応について追及されない事に納得がいきません。

もし、医師がその場に居たら、「動かない」という私の問いかけに、

同じように見もせずに「大丈夫」と言ったでしょうか?





カンガルーケアのことが取りざたされ、

私達も先生方にお話する時点で、

カンガルーケアの事を表に出したので、

真意が伝わらなかったのかもしれません。





これらの私達の気持ちを十分ご理解頂いた上で、

それでもカンガルーケアを前面に出して示談請求をした方が

私達の為になると思って下さっているのでしたら、

どうしたら助産師の実態を世の中に知らしめ、改善させる事ができるか、

もしも助産師の責任を追及できないのなら、

浩太郎の名前ではなく、浩太郎自身が受けた被害とは別に、

私の名前で私自身が受けた精神的苦痛に対して、

助産師、或いは医師、法人に対して訴えることはできないのか教えて下さい。





先日、助産師の心療内科の受診記録を見せられた時、

「それがどうした?!」と思いました。

家に帰って、非常に腹が立ち、憤りを感じました。



私は「事故の詳細」も「精神的苦痛」も

スタッフ全員に見せるように要求しましたが、

それを読んだのか、読んでいないのか、

少なくとも院長、その弁護士は読んでいるでしょう。





読んでいてもなお、助産師の過誤を認めず、

助産師を守ることしか考えないのか、

弁護士というのは、たとえ依頼人が加害者であれ、

依頼人の利益を守ればそれでいいのか、

人としての倫理観はないのか、とさえ思いました。





産科医院側の弁護士が、私達に助産師の心療内科の診断書でもなく、

ただの受診記録、しかも薬も処方していないものを見て欲しいと

依頼する意図は何なのでしょうか?



「精神的苦痛」でも述べておりますが、
(参照 事故の詳細その7)

私達が狂わなかったのは、

守るべき子、夫(妻)がいるからであって、

決して苦痛が小さかったわけではなく、

私達自身の必死な努力です。





現に私は眠れず、 睡眠薬を産科医院の院長自ら処方してもらっております。

けれど、3回目の処方の際、調剤薬局の方から、

母乳に影響が出ると言われて、また薬漬けになることを恐れて、

自分自身の力で眠れるように努力しました。





3ヶ月余り、眠れない日々が続きましたし、

今でも弁護士の先生との打ち合わせの後や新聞やテレビの取材の後など、

事故の事を考えなければならない時には必ず眠れません。

出産前一人で寝ていたベッドでは眠ることはできず、

別の部屋で、夫の近くでないと、一人では眠れません。

また、夫の寝息がしていないと、息をしているのだろうか?と

心配になり、確認するほどです。





夫は不整脈との診断を受けていて、

それ以来ずっと処方された薬を毎日飲んでいますし、

発作がきた時の為の薬も処方され、

いつ発作がくるかもしれないという不安もかかえております。





救急搬送された時は、死ぬかと思ったそうですし、

私は夫と一緒にこのまま死ねたらどんなに楽だろうかとも思いました。





1日たった30分しか浩太郎に会うことはできず、

とめどなく流れてくる涙を、

浩太郎の前で泣いてはいけないと堪えながら耐え、

母乳を3〜4時間置きに搾乳して購入した冷凍保存用バッグに冷凍し、

今まで一日も欠かさず病院に通っています。





母乳を搾る腕は腱鞘炎となり、電動搾乳器を購入しても痛みはあります。



私達が風邪を引いたり、熱を出したりしたら、

NICUの中には入れないので、

自分達の体調管理にも気をつけました。





NICUの中には両親以外入れないので、

浩太郎は私達以外、誰とも面会したことはありません。





私達の苦痛は、ほんの少しの文章で語りつくすことなど

できるようなものではありません。





助産師の抑うつなど、私達の苦痛の比にもならないと思いますが、

同様に私達の苦痛をわざわざ診断書や領収書を添えて説明しないと

分かってはもらえないのでしょうか?





もちろん先生方は私達の苦痛を十分理解して下さって、

慰謝料を請求してくださっているのだと思っております。

ですが、私達の苦痛をお金に換算することなど到底できるものでもないし、

お金を貰ったからといって、私達の苦痛が癒えるわけでもありません。

もしかしてお金を払えばそれで謝罪が済むとでも思っているのでしょうか?

法とはそういうものなのでしょうか?





一昨日の夜、交流会の時とは別の被害者の方と電話でお話をしました。

実は、先日、福岡での交流会の後、(参照 その7)

久保田医師、他の弁護士が医師から聞いたと言われた、

「赤ちゃんが元気ならば(低体温・低血糖でなければ)、

自分で動くことができるので窒息はしない」

と言われたことが気になって、

その方にメールでお知らせをしておりました。





その被害者の方も、助産師は医師の許可も得ず、

カンガルーケアの説明もせず、分娩台に横たわっている母親に

赤ちゃんをうつ伏せにされたそうです。





その方曰く、

赤ちゃんをうつ伏せにして窒息する危険性があるというのは、

これまでの裁判事例でも明らかなのに、

未だに「うつ伏せにしても、赤ちゃんは窒息しない」という

認識を持っている医師や助産師がいることに憤りを感じておられました。

つまり、うつ伏せにしても、健全な赤ちゃんは窒息しないから、

それはSIDS(乳幼児突然死症候群)だ!と、

助産師、医師の逃げ口上になるということです。





久保田医師の学説は

出生直後の赤ちゃんの低体温・低血糖のメカニズムで、

それが、出生2日後、3日後、或いはもっと後かもしれませんが、

うつ伏せ寝で窒息する赤ちゃんの事例に当てはまるのかどうか、

私達には、医学的なことはわかりません。

また、私達が議論しなければならないことでもないと思います。





明らかに言えることは、

命を預かる助産師が、

何の責任感もなく、浅はかな知識で

産科医、新生児科医に守られながら、

許可も無く、勝手気ままに、

出産直後の母子を扱っているということです。

その結果、人一人の命を危険にさらしておいて、

まだでも自分達の保身か!

その程度の責任感なら助産師をする資格などない!

と言いたいです。





以下は、その被害者の方と連絡を取り合い始めた頃、

頂いたメールの一文です。

その方はご自身の遭われた事故に関して

ものすごい量の勉強をされています。

この一文を読んだ時、

私達も全くその通りだと思ったので、

参考までにご紹介させて下さい。







ものすごく本音を言えば、

「カンガルーケアのメリットと言われている事は胡散臭い事ばかり、

下らない事で人の命を粗末にするな。

根拠もない流行に流されて、

私情で仕事をするなら助産師などやめてしまえ。」

と言ったところです。

勉強熱心な助産師ほど、こういったものに興味を持ち、

良いと思っているものを他者から批判されても

冷静に受け止められないのだろうと思います。

同じ女性として、客観性を欠いた仕事をする女性は許せません。

でも、こんな本音をいきなり公にするのは

反発を招くだけなので言えないです。





努めて客観的に考えれば、

「ケア中は医療従事者による連続的な観察が必要。

そして医療従事者は専門職として要求される

安全管理能力の水準を満たしている者

(チアノーゼを放っておいたり蘇生も出来ないなんて論外)

でなければならない。」

と言ったところでしょうか。











そして、10月1日、弁護士事務所を訪れた時、

弁護士さんから、助産師の受診記録を見せたのは、

「説明会」に助産師を出席させるのが難しいことを

証明するためだったと説明されました。



そして「説明会」の開催を待っていたのでは、

埒があかないので、

同時進行で、示談書の作成に取り掛かりましょうと言われ、

「示談書」の文案を提示されました。