全くの突然のことでした




浩太郎と同じような症状の子どもさんが

4歳、5歳と成長している姿をテレビの画像で見て、

浩太郎もそんな風に成長していくのだろうと、

毎日3時に面会に行くことにもだんだん体が慣れてきて、

療養型の病院に移れば、呼吸器付きのバギーカーに乗せて

お散歩もできるだろう

面会時間ももっと自由になるだろうと、

心待ちにしていた矢先のことでした。







2011年2月15日

朝、9時前頃に、病院から「両親共に来てください。」と電話がありました。



今までずっと浩太郎は熱が上がっては下がりを繰り返してきました。



だいたい昼過ぎ頃から熱が上がり始め、朝には下がる、

それでおさまる時もあれば、

血液検査で炎症反応がみられた時は抗生物質の注入や点滴、

1歳の誕生日の頃は3週間程も点滴をしたままの状態もありました。



抗生物質を投与しすぎるとだんだんと

効かなくなってくることも説明されていました。



そんな折、いつもの熱が上がった状態だろうと、

看護師さんの電話での説明もちょっといつもと

様子が違う程度の話し振りでした。



直ぐに夫の会社に連絡し、

夫が家に帰って来るのを待って病院に向かいました。

夫を待っている間、ふっと不安がよぎりましたが、

それを打ち消すように

いつも持って行っている浩太郎の

洗濯済みの服を用意して持って行きました。



あと10分ぐらいで着くという時、

病院から「あとどのくらいですか?」

と電話がかかってきました。



夫と手を握りしめ合い、

病院の駐車場に着いたのは9時25分

着くなり、走っちゃダメと言う夫の言葉を尻目に走りました。



浩太郎の側に来たとき、

浩太郎の顔は真っ青でした。

機械の人工呼吸器ではなく、

医師が手動のバッグで酸素を送っていました。



私はいつもやっていたマッサージさながら

必死に浩太郎の腕や足をさすりました。



医師から、昨日の昼過ぎから徐々に熱が上がり、

夜に酸素の数値は悪くないのに、

顔色がとても悪い状態になり、

血液検査では炎症反応はないが、抗生物質を点滴した、

朝になり、落ち着いているようだったが、

やはり顔色が悪く、

ちょっといつもと違うので連絡をした、

電話をかけた後、思いもかけず、

どんどん状態が悪くなった、と説明されました。



医師や看護師さんたちも突然のことで驚いているようでした。





夫も「がんばれ〜、浩太郎がんばれ〜」

と体をさすっていると、医師が

「こうちゃんは今までずっとがんばってきたんだよ」

と言われました。



私は、もうだめなんだと悟り、

「抱っこしてもいいですか?」と聞いて、

浩太郎を思いっきり抱きしめました。

そして夫も。

私達が浩太郎を抱きしめることができたのは

後にも先にもこの時限りです。





9時44分 浩太郎は息をひきとりました。





「ウイルス感染症」



医師が死亡診断書を提示しながら、

浩太郎の死因を説明されました。

何のウイルスか解剖してまで

究明することは望まれないでしょうし、

免疫力もなく、脳のほとんどが機能せず、

自発呼吸もしていない浩太郎では、

死因を特定するのは困難だと。



死亡診断書の

「直接には死因に関係ないが影響を及ぼした傷病名」

の欄に脳原生運動機能障害・呼吸機能障害

と書かれてありました。



通夜の晩遅く、

浩太郎が救急搬送された時、

蘇生して命を救ってくださって、

その後転勤されていた医師が、

お線香をあげに来てくださいました。



浩太郎の顔を長いこと眺められ、

浩太郎君にとって本当に良いことをしたのだろうか、

浩太郎君の体を傷つけ、

苦しめるだけだったのではないだろうか、

さらにご両親までも苦しめるだけだったのではないかと、

ずっと葛藤していたと告白されました。



私達は浩太郎が生きていてくれて幸せだった、と。



先生のお悩みは、先生お一人が

責任を感じられることではなく、

医療の進歩に伴って、

皆が考えなければならない問題ではないでしょうか、

どうか御自分お一人を

責めないで頂きたいと申し上げました。





2月10日 カンガルーケアについての

質問主意書 が総理大臣に提出されました。





浩太郎は自分の使命を全うし、天に還っていったのだと思っています。



なぜ、あの日だったのだろう?

その日はお世話になった担当の

看護師さんの日勤の日でした。

きっと、その看護師さんが

勤務していない日に逝ってしまったら、

その看護師さんが悲しむだろうと待っていたのでしょう。



自分の使命を全うするまで、一生懸命に生き、

お世話になった方々へ

浩太郎なりの御礼をして、旅立っていきました。

私達は浩太郎を誇りに思います。





今は空の上から

「うしろの正面だ〜れ?」 と、

この世の中に投げかけていることでしょう。