福岡の1歳女児「経過観察怠る」 両親、病院側を提訴
産経新聞 力武崇樹
■「カンガルーケアで植物状態」 事故続発リスク顧みられず
福岡市の国立病院機構九州医療センターで
生まれた女児が植物状態になったのは、
同センターがカンガルーケアで出産直後の母親に
女児を抱かせたまま経過観察を怠ったためとして、
両親が13日、同センターを運営する同機構を相手取り、
計約2億3千万円の損害賠償を求める訴えを福岡地裁に起こした。
訴状などによると、福岡県糸島市の会社員、
夫の○○さんと、妻の◎◎さんの次女、
△△ちゃん(1)は21年11月20日正午過ぎ、
帝王切開で生まれた。健康状態は良好だった。
病院側は△△ちゃんを約6時間、保育器で観察した後、
◎◎さんに2回、計約2時間半にわたり△△ちゃんを抱かせたが、
助産師は「母乳をあげて」と言い残してその場を離れ、
定期的に様子を見ることはなかった。
◎◎さんが鎮痛剤の注射などで意識がもうろうとする中、
「(△△ちゃんが弱り)乳房をくわえない」と訴えると、
助産師は△△ちゃんを◎◎さんの左腕と胸の間に
タオルで巻き付けるように固定し、立ち去ったという。
その後、△△ちゃんは同日午後11時20分ごろ、
低体温症や低血糖症などにより心肺停止となり、
一命は取り留めたが、自発呼吸もできない状態となった。
原告代理人の羽田野節夫弁護士は
「母子を2人きりにして母乳を飲ませようとするカンガルーケア中の事故」と指摘。
「帝王切開後の母子の経過観察を怠り、安全配慮義務が尽くされていなかった」
と主張している。
一方、九州医療センターは
「弁護士を立てて何度も交渉し、過失はないと繰り返し述べている。
当院ではカンガルーケアを実施しているが、この患者には実施していない」としている。
「私たちのように辛い思いをする家族をこれ以上増やしたくない」
御両親は、提訴後の記者会見でこう訴えた。
出生からわずか11時間後に心肺停止に陥り、
植物状態となった次女の△△ちゃんは一度も病院から出ることなく、
今も人工呼吸器につながれたままだ。
御両親の思いとは裏腹に、カンガルーケア中の事故は各地で相次いでいる。
日本母乳哺育学会の医師らが実施した平成21年の調査によると、
カンガルーケア中に赤ちゃんの状態が急変したケースは全国で16例あり、
そのうち2人は死亡、5人は脳機能障害など重篤な後遺症が出た。
しかし、これらは氷山の一角にすぎないとの指摘もある。
△△ちゃんの事故の約1カ月後には長崎市で男児が
カンガルーケア中に植物状態になり、約1年2カ月後に死亡するなど、
その後も各地でケア中の事故が報告されている。
もともと、カンガルーケアは赤ちゃんが最も敏感とされる出生直後に
母子を密着させることで、母乳の出方をよくする効果もあるといわれ、
「完全母乳育児」を目指す医師や助産師らが推進してきた。
さらに、「自然分娩(ぶんべん)」の思想とも結びつき、
赤ちゃんを保育器に入れずに母親と同じ部屋で過ごさせる
「母子同室」とともに進められてきた。
一方で、低体温症などの新生児のリスクについて、
推進派の中では積極的に論じてこられなかった。
△△ちゃんの場合は、出生から6時間、保育器で観察されていたことから、
「カンガルーケア中」の事故だったのか、専門家の間でも
見解が分かれることが予想される。
国立病院機構九州医療センターは、
UNICEF(国連児童基金)などが母乳育児を促進する
医療機関を認定する「赤ちゃんにやさしい病院」の1つ。
原則的に赤ちゃんにはカンガルーケアを実施し、
完全母乳と早期の母子同室を実施してきた。
そのため、原告側弁護士は、病院が母子に対し、
カンガルーケアで完全母乳と母子同室を実施したと判断。
出生直後で自律神経が不安定な△△ちゃんを
母親に抱かせたまま放置したことで、
低体温症や低血糖症に陥れてしまったと指摘している。
また、母親の◎◎さんは帝王切開で、
産後も鎮痛剤などで意識がもうろうとし、
助産師や看護師による△△ちゃんへの十分な
経過観察が不可欠だったとしている。
新生児の体温管理に詳しい久保田産婦人科麻酔科医院(福岡市)の
久保田史郎院長は、
「帝王切開後の母子を2人きりにすることは通常あり得ない。
出産直後は母乳はほとんど出ず、
赤ちゃんの体温と栄養は最初から厳密に管理しなければならない」
と話している。
【用語解説】カンガルーケア
母親が出産直後に一定時間、胸元で赤ちゃんを抱っこすること。
母子関係の向上や母乳育児の促進に有効とされる。
ただ、体温より低い部屋でのケア中に、
赤ちゃんが低体温状態や低血糖症に陥って死亡したケースも報告され、
ケア中の安全面に配慮を求める意見や、ケアそのものを疑問視する見方もある。