カンガルーケア:安心への模索/上 母の胸の上、心肺停止


2009年12月9日 毎日新聞 東京朝刊 元村有希子、須田桃子



出生直後の赤ちゃんが、母親の裸の胸の上でひとときを過ごす「カンガルーケア」。

「赤ちゃんが落ち着く」「母乳の出がよくなる」といったメリットが指摘される一方、

ケア中に重体に陥る事故が起きていることは知られていない。

安易な拡大を心配する医療関係者の間では、事故を防ぐための取り組みが始まった。





◇分娩室離れた助産師 回復ないまま4年





05年11月1日午前6時11分。

関東地方の大学病院で、早乙女みどりさん(仮名、当時38歳)は女児を出産した。

体重3090グラム。

へその緒を切ると、助産師はみどりさんの裸の胸の上に裸の赤ちゃんを乗せた。

カンガルーケアのスタートだ。





夫の浩さん(同、当時36歳)は、様子をビデオに撮った。

親類に連絡するためその場を離れ、戻った時には様子が一変。

看護師が慌ただしく出入りする分娩(ぶんべん)室から、赤ちゃんの姿は消えていた。

医師は「ケア中に心肺停止状態となり、脳が一時的に酸欠状態となった。

新生児集中治療室(NICU)で治療する」と説明した。





4歳の誕生日を迎えた今も、娘は同じNICUにいる。

人工呼吸器を常に装着し、栄養をチューブから入れる。

呼びかけに応えることもなく、担当医は「回復の見込みは低い」と話す。





夫婦にとって最初の子。病院から勧められ、カンガルーケアを希望した。

助産師は処置が終わると別の出産に移動し、分娩室には親子3人だけが残された。

ケアを始めて約50分後、「そばにいられずごめんなさい」とわびながら

戻って来た助産師が、赤ちゃんの異変に気づいた。





倉敷中央病院小児科部長の渡部晋一医師は今年9月、

「日本母乳哺育(ほいく)学会」で事故例を報告した。

NICUを備える全国205施設を対象に

「カンガルーケア中の事故による重症例を受け入れた経験」を集めたところ、16例が判明した。





それらには共通点がある。



(1)事前に十分な説明をしていない

(2)誕生直後に異常がないことを確認しただけで始めている

(3)助産師や看護師など、新生児ケアのプロがそばにいない−−。







早乙女さんの場合、カンガルーケアと事故との因果関係は今も不明なままだ。

しかし、早乙女さん夫婦は「親は初心者で何が異常かわからない。

こんなつらい経験は私たちだけで終わりにしてほしい」と訴える。







◇「人生で最も大変な時間」





渡部医師とともに調査に携わった長野県立こども病院の中村友彦・総合周産期母子医療センター長は

「誕生直後の赤ちゃんは、人生で最も大変な時間を過ごしていると言える」と話す。





誕生前の赤ちゃんは、自分の肺で呼吸せず、母親の胎盤からへその緒を通して酸素をもらっている。

その仕組みが誕生から約20分間で肺呼吸に切り替わる。

肺の中にたまっていた液体がうまく排出できず、一時的に呼吸が多くなるなど、

さまざまなトラブルの芽も抱える。こうした環境のさなかに実施するカンガルーケアは、

ちょっとした異変も見逃さないプロの関与が不可欠だ。





中村医師は「カンガルーケアが母乳保育に有効であることは確か。

だが、赤ちゃんがケアに適しているか医師が健康状態を確認し、

開始後も生後約20分間は特にしっかり観察する必要がある。

さらにトラブル発生時に迅速に対応できる体制を整えるべきだ」と指摘する。







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◇カンガルーケア





70年代、保育器が不足する南米コロンビアで、未熟児の赤ちゃんの体温を維持するために始まったと言われる。

その後、北欧などで「母親のホルモン分泌を促し、母乳の出が良くなる」などの効果が確認され、

先進国にも広がった。日本では90年代、早産による未熟児を看護するNICUが導入。

その後、正常分娩にも取り入れる病院や産院が増えた。

坂口けさみ・信州大教授が分娩設備のある医療機関で昨年実施した全国調査(回答率40.7%)では

7割の施設が導入していた。ケアの時間は30分〜2時間程度と施設により異なる。





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(久保田産科医HPより引用)