事故の詳細 そして母の思い その7 精神的苦痛
これは「精神的苦痛」と題して、弁護士の先生へ、
また弁護士の先生を通じて医院のスタッフ全員に
見せてくださいと申し出たものです。

幸せの絶頂からどん底へと突き落とされた。狂いそうだった。
医師、助産師、看護師の心ない言動に反論し、問い詰め、怒鳴りたかったが、
自分の精神を保つことが大切と思い,わざと明るく振舞ったり,
事故のことを考えないようにしたりして興奮するのを避け,
産後の体の回復とわが子の回復を一心に祈り、耐えた。
夫も同じこと、さらに私を支えるために,自分がしっかりしなければならない、
取り乱してはならないと、泣くことも悲しむこともできず、
過度のストレスから激しい動悸が現れ、不整脈と診断された。
緊張が高まると過呼吸を引き起こし、二度も救急搬送され,今では薬が手放せない生活となった。
それでもこうやって生きているのは、私たち自身が狂ってはならないという自助努力であり、
決して苦痛が小さかったわけではない。むしろその逆だ。
子が仮死状態で産まれたり,生後何らかの病気であることがわかったというのであれば、
これほどまでに苦しまないだろう。高齢出産であるため、
リスクは承知していたし,妊娠中に十分二人で話し合い,
どんな子が産まれても育てていこうと覚悟もしていた。
私を苦しめるのは、私が子の異常を訴えているにもかかわらず「大丈夫ですよ」と言われ、
それを信じた自分、その後も不安を訴え続けたのに、誰もいなかったという事実、
そのことが悔やんでも悔やみきれず、助産師、医師を許せないと同時に、
どうすれば回避できたのかと自分を責め続けることだ。
それは今でも変わらず、その時のことを思うと平静でいられなくなる。一生続くだろう。
さらに産科医、助産師ならば、“自分の胸の上でわが子の呼吸が止まる”
それがどんなに辛く悲しいことか想像はつくだろうが、とても認識しているとは思えないことだ。
しかもそれが自分達の診ていないところで起こったにもかかわらず。
「申し訳ない」と口では言いながら、何が起こったのか究明しようとしないことが
責任逃れをしているとしか受け取れない。
私達は当初、訴えるつもりはなかった。
院長、師長共に「申し訳ない」と言っているし、師長は「看護師全員に伝達した」と言った。
だが、看護師たちからあびせられる心ない言動に、本当に伝えているのかと疑問を持った。
さらに当の助産師が平然と私の元へ来る。
医師も助産師もきちんと診なかったことが、
どれほどの被害を与えているのか全くわかっていないのではないか、
或いはわかっているからこそ責任逃れをしているのかと思った。
そして12月29日、担当助産師の最後の言葉でそれは確信になった。
さらに持ち帰った助産師の記録、それを元に書かれた医師のカルテを見て、私達はもう一度苦しめられる。
助産師の都合のいいようにうそが書かれていた。
私は一人家の中でのた打ち回り、バタ狂った。
それでも私達は院長、師長の「申し訳ない」という言葉を信じようとした。
その場では助産師を制しなかったが、きっと追及してくれると思ったのだ。
しかし1月9日そんな気持ちは全くないことがわかった。
院長は「申し訳ない」と言いつつも、何が起こったのか究明は全くしておらず、態度が一変した。
それまでにも私が声を荒げると制する動きをみせていたが、
それは単に他の患者に知られたくないだけで、私を心配してのことではなかったのだ。
院長が本当に申し訳ないと思っているのであれば、
本当に二度と同じ過ちを繰り返したくないと思っているのであれば、
自身は不在だったのだから、何が起こったのか、助産師に問い質すはずだろう。
また看護師らに真実を伝え、私達のケアにつとめさせるだろう。
そんなことは全くなかったのである。
「申し訳ない」は口先だけだったのだ。
私達は事故の苦痛とその後の医院の対応で二重、三重の苦しみを強いられたのである。
師長は「何が謝罪なのかと考えている」と言った。
「この事故を踏まえて二度と同じ過ちを犯さないようにすること」と。
それが当たり前の人間の言葉ではないだろうか。
では何故、真実をつきとめようとしないのか、何が起こったのかと助産師を問い詰めないのか、
なぜ子の呼吸が止まったのか、どうしたら回避できたのかと考えないのだろうか。
私達はそれを要望しているのだ。