事故の詳細 そして母の思い その1(分娩前)
妊娠がわかったのは2009年の4月、44歳のときでした。
結婚が遅かったのですが、結婚後すぐに妊娠、ですがたった2ヶ月で流産してしまい、それから2年、
もう無理なのかなぁと諦めかけていた頃の、待望の赤ちゃんでした。
最初の妊娠の時、既に名前を考えていて、男の子だったら浩太郎、女の子だったら〇〇ちゃん、
性別がわかるまでは二つの名前で話しかけ、男の子だとわかってからは、「こうたろう〜、こうたろう〜」と常に語りかけ、
胎教に良いというピアノの曲を常に流し、大事に大事に育ててきました。
高齢出産であるため、医師からはダウン症の子が産まれる可能性も説明されていましたし,
逆にこちらから個人病院で受け入れてもらえるのかと質問したほどでしたが、特に問題がないということで拒否されませんでした。
少しでもリスクを軽減できるならと、妊婦検診はもちろんのこと、5ヶ月から始まる週1回のマタニティビクスにも欠かさず通い、
そこで習った呼吸法の体操や足つぼマッサージも毎日欠かさず家で行いました。
マザークラスや市主催の妊婦の料理教室にも出席し,体重管理,栄養管理にも努めました。
市主催の両親学級にも二人で通い、夫は浩太郎をお風呂に入れることを楽しみにしていました。
幸い胎児も問題もなく標準通り、すくすくと育っていました。
お産が軽く済むならと、37週に入ったら、会陰マッサージも毎日行いました。
つわりは治まることがなく、産むまで吐き気をもよおしていましたが、病気一つせずこれたことに感謝していました。
そうして迎えた12月9日
予定日は10日で、初産は遅れると聞いていたので、まだまだだろうと思っていたのですが、
朝6時頃、腹痛を感じて目覚めました。
極小量のおしるしがあったのですが、なんせ陣痛というものがどんなものか知らないし、ただの腹痛かと半信半疑でした。
しかし段々と腹痛が酷くなり,8時頃には立っていられない程の痛みになりました。
間隔を測ってみると7分〜24分間隔。
夫は仕事を休むからすぐ病院へ行こうと言うのですが,医師からは10分間隔になってからと言われているので、
電話してみるからと取りあえず夫を仕事へ送り出しました。
朝食の片付けをしながら、陣痛の間隔を計るのですが、その痛みのなんと痛いこと!
計った時間のメモをとるのがやっとでした。
10時頃、やっと病院へ電話する事ができましたが、やはり様子をみようと医師から言われました。
お産の為に準備していたものなどを取り揃え、産後の夫の食事等の為に冷蔵庫の中などを整理しながら、
13時頃、やっと10分間隔の陣痛になったので、夫に連絡し,医院に今から行くと伝え、15時過ぎ、夫の車で一緒に医院へいきました。