カンガルーケア万全を お産直後の赤ちゃん抱っこ 呼吸止まり脳障害も


2010年7月02日(金曜日)   朝日新聞  





生まれた直後から赤ちゃんをお母さんの胸に抱かせる「カンガルーケア」。


母子の絆(きずな)を強める、と広まっているが、ケア中に赤ちゃんの呼吸停止などに気づかず、死亡するなどの事例も報告されている。


専門医は「よく観察を」と呼びかける。(編集委員・大久保真紀)





長崎市の会社員(44)の妻(45)が昨年12月、午後10時すぎに同市内の産婦人科医院で3156グラムの長男を出産した。


夫妻によると、院長が「いいお産だった」と繰り返すほど順調だった。体重を量るなどして出産から約30分後、


助産師は長男を妻の胸に抱かせ、その場を離れた。





妻はおっぱいを吸わせたが、長男はしばらくすると動かなくなった。


不安になって訴えた妻に、助産師は「生まれたばかりはみんなそう」などと取り合ってくれなかった。


だが、やはり長男の様子がおかしいと感じ、大声で何度も叫んだ。


やっと助産師が来たが、長男の呼吸はすでに止まっており、駆けつけた別の看護師が慌てて心臓マッサージを始めた。





午後11時20分すぎに救急車が到着。


長男は総合病院に搬送されたが、いまも意識不明の状態だ。脳障害を負い、人工呼吸器をつけている。





「カンガルーケア中でのことだった」と後に医院側に説明されたが、「カンガルーケア」という言葉はそのとき初めて聞いた。


事前に何の説明も受けなかったという夫妻は


「もっと注意して、異変に早く気づいていればこんなことにはならなかったのではないか」と疑問を呈す。





院長は「詳しいことはコメントできない」と話している。





この一件を受け、日本産婦人科医会長崎県支部は4月、会員に向けて、


カンガルーケアをする場合は、十分な監視をすることなどを求める注意喚起の文書を出した。





●「母乳育児に効果」 専門医らガイドライン


カンガルーケアは「Skin−to−skin contact」(肌と肌との接触)とも言われる。


1970年代に南米コロンビアで、低体重の赤ちゃんの保育器が不足していたため、母親自らが抱いて温めたのが始まりという。


日本では、新生児集中治療室(NICU)に入った低体重の赤ちゃんと母親が触れあう機会を増やそうと、90年代に採り入れられた。


その後、母子関係を深め、母乳育児を進めるのに効果があるとして、ふつうのお産の際に広く行われるようになった。


ただし、やり方は各施設ごとに違う。生後すぐに母親に抱かせるのが一般的だが、抱かせる時間も、数十分から数時間とさまざまだ。


長崎のケースは「出産後30分もたってから抱かせており、カンガルーケアとは呼べないのでは」との指摘も一部の専門医からは出ている。


日本で1年間に生まれる赤ちゃんは約110万人。ケアの実施状況などの全国調査に取り組む研究者もいるが、結果はまだ出ていない。





00年代に入って急変した赤ちゃんの搬送などを経験した新生児医療の専門医グループが


08年11月に、NICUのある全国205の病院に過去に経験した事例を尋ねたところ、


ケア中に新生児の呼吸が止まるなどしたケースが16例あった。うち2人が死亡、7人は植物状態という。





こうした状況から09年9月には専門医ら有志がカンガルーケアのガイドラインをつくった。健康に生まれた赤ちゃんに対しては





(1)家族に対する十分な事前説明


(2)機械を用いたモニタリング(監視)と新生児の蘇生に熟練した医療者による観察などを薦める。


10年前からケアを実施する岡山県の倉敷中央病院の渡部晋一・小児科部長はガイドライン作成者のひとり。


「このケアを進めたいからガイドラインを作った。


生後すぐの赤ちゃんをお母さんの胸に抱かせると、呼吸数や心拍数が落ち着き、母子の愛着形成、母乳育児の推進にもいい影響がある。


だが、出生直後は赤ちゃんの状態は不安定だ。何が起こっても対応できる態勢を整えておくことが必要」と力説する。


同病院では、仮死状態での出産や早産、羊水が濁っている場合は行わないという。





●「安全第一」 観察を徹底


年760件の出産を扱う福岡市の真田産婦人科麻酔科クリニックは06年から導入した。


当初から赤ちゃんには血液中の酸素量を測る機械をつけ、体温をこまめに測るなど観察を徹底している。


それでも最初のころは試行錯誤で、体温が低下してケアを中断するケースも1割近くあった。


だが最近は、室温を27度にし、温めたタオル2枚を使って赤ちゃんをふいて、


くるむ形で母親の胸に抱かせることで体温は安定し、中断はほとんどなくなった。


当初、赤ちゃんに機械をつけて観察することに違和感があった現場の助産師らも、今は「モニターは絶対に必要」という認識を共有している。


クリニック理事長を務める平川俊夫医師は「母親に密着させるため、赤ちゃんの呼吸状態などを従来より観察しにくい。


スタッフが足りないなら、抱かせる時間を短くするなど安全確保を第一に、それぞれの施設にあった方法をとるべきだ」と話している。









(朝日新聞厚生文化事業団HPより引用)