出産現場に事故が警鐘(再発防止へ広がる取組み)


2010年6月27日(日曜日)   長崎新聞   報道部 西村 伸明 






事故は昨年12月9日夜に起きた。


40代の母親が午後10時過ぎ、長崎市内の産婦人科医院の分娩室で3156gの男児を出産。


母親は助産師に言われ男児を胸に抱き、男児の口に、おっぱいをふくませた。


しかし男児の体が蒼白になり冷たくなるなど状態が急変。


急遽、別の病院に救急搬送されたが、呼吸は停止していた。


母親が男児を胸に抱いてから、助産師らが異変に気付いて処置に当るまで約20分が経過していたらしい。


「事故の報道を受け『カンガルーケアはしないでください。』と明確に意思表示する妊婦さんも増えました。」


県内でもいち早くKCを取り入れた長崎市産婦人科医会の森崎正幸会長は事故の影響の大きさを明かす。


「ただ、児童虐待などが注目される中、母親の赤ちゃんへの愛着心を増す上で有効な事に変わりはない」と説く。


今も多くの母親は希望すると言う。


正常分娩でのKCは母乳での育児を促進する観点から注目され、全国に広がった。


日本産婦人科医会報によると、08年の全国1124箇所への実態調査で約70%に上る医療機関が実施している。


同会県支部(牟田郁夫支部長)によると、県内でもほとんどの施設が実施しているという。


しかし、一口にKCと言っても各施設によって時間(数10分から1時間以上)や手法(赤ちゃんの抱かせ方など)


も、まちまちなのが実態だ。


県内のある産科医は「うちの病院は出産直後にお母さんに赤ちゃんを見せ『抱っこしますか』と聞く。


そして希望されれば10分か15分ほど抱かせるくらいだ。そう言う意味では”カンガルーケアもどき”と


言えるかもしれない」と打ち明ける。


全国でも長崎市の男児のようなケースが相次いでいる。


昨年9月に開かれた日本母乳哺育学会の学術集会では、国内205病院に対する調査で、KC中に


心肺や呼吸が停止するなど赤ちゃんの状態が急変した事例が16件報告された。


うち2人が死亡したという。


今のところ事故とKCの直接の因果関係がすべて証明されたわけではない。


しかし、前出の産科医は「これまで良い面だけが強調され、妊婦らの希望に沿うままに広がった。


こういう事態が起きるという認識が低かったのも否めない。」っと本音を漏らす。


難しいのはKCが医療行為ではない為、、明確な基準となるガイドラインが無い点だ。


厚生労働省母子保育課は「母乳育児は推進しているが、カンガルーケアそのものを推進しているわけではない。」


と説明。あくまで母乳育児を促進する有効な手法として現場で広がったとの見方を示す。


しかし、森崎会長は「事実上推進しているのだから、厚生労働省など公的機関がきちんとしたガイドラインを


策定すべきだ」と求める。


こうした中、全国でKCに熱心に取組む産科医や小児科医、助産師らは昨年11月、ガイドラインを作った。


ガイドラインでは「家族に対する充分な事前説明と機械を用いたモニタリング、及び新生児蘇生に熟練した


医療者による観察など安全性を確保した上で、出生後できるだけ早期に、できるだけ長く


(出生後30分以内から出生後少なくと最初の2時間、または最初の授乳が終わるまで)実施する事が薦められる」と定めている。


しかし森崎会長によると県内でのこのガイドラインを充分に把握した上で実施している医療機関は5,6施設に限られると言う。


それでも長崎市の事故を受け、県内の医療機関でも再発防止に向けた取組みは広がっている。


生まれた直後の赤ちゃんから目を離さないっといった独自のマニュアルを策定した施設も増えた。


赤ちゃんの異変を早期に見つける為に、血液中の酸素濃度を計測する機器の導入も進んでいる。


長崎市内の助産院を開く県助産師会の野間真紀子副会長は


「事故はお産の現場で働く人達に大きな警鐘を鳴らした。赤ちゃんが急変する可能性も念頭に置き


気を付ける事が重要だ」と話している。











カンガルーケアをめぐりガイドラインの作成にも携わった聖隷浜松病院総合周産期母子医療センターの


大木茂氏(新生児科:浜松市)とKCに否定的な久保田産婦人科医院長の久保田史郎氏(産婦人科、麻酔科:福岡)に、


それぞれの見解を尋ねた。











母乳育児に効果明らか


聖隷浜松病院総合周産期母子医療センター 大木 茂 氏 (小児科)





長崎市の事故について当時の状況など情報を集めたが、我々が進めているカンガルーケアとは全く別物と言っていい。


この事例を元にKCの危険性について騒ぐのはナンセンスだ。


1925組の母子を対象に、生後24時間以内にKCを実施した場合と、母子を離してケアした場合を比較した研究がある。


それによると、初回母乳の成功率や生後1〜4ヶ月の母乳育児状況、母乳育児経過機関、母親の母乳に対する


乳児の嗅覚的認識において明らかに良い効果が見られた。


また乳児の体温保持やリラックスした手足の動き、呼吸循環も安定する。


母親の愛着行動や1年後の子供の愛護的な抱き方・触れ方にも良い結果が出ている。


母親と赤ちゃんが肌と肌を合わせることは世界的な流れだ。


ただ、出産直後の赤ちゃんが急変する可能性はあり、安全性に留意しながら実施しなくてはならない。











生後30分以内は中止を


久保田産婦人科 麻酔科医院長 久保田 史郎 氏 (産婦人科・麻酔科)





こうなることは約30年前から予測できた。


厚生労働省や医療機関がKCの長所だけを公表し、悪いことにふたをしてしまったのが問題だ。


昔、うつ伏せ寝が『頭が良くなる』と流行したが、乳幼児突然死症候群(SIDS)が起きやすくなると言われ、


今では「やめなさい」となった。それと同じだ。


コロンビアと違い日本の分娩室は赤ちゃんにとって寒い。


日本の分娩室で生まれる赤ちゃんの体温は生後1時間前後で最も下がる。


体温が降下中の赤ちゃんに生後30分以内にKCをすると、体温低下をさらに促進させ低血糖状態に陥り、


結果的に呼吸停止などを引き起こす。極めて危険だ。


症状が表に出なくても、脳の発達に障害を与える可能性もある。


厚生労働省は生後30分以内のKCの中止をすぐに全国の医療機関に通達すべきだ。