母が涙の告発!
間違いだらけの「カンガルーケア」が生んだ悲劇
「出産翌日から3年間娘は意識不明のまま・・・・・・」
ジャーナリスト 長谷川 学
女性自身 5月6日号 (2014年4月24日発売)より引用
赤ちゃんの産声に、夫婦は大きな喜びに包まれた。
だがそんな親子の幸せは、わずか12時間しか続かなかった。
病院が推奨してきた母子接触ケアを、助産師に言われるままに行った直後、
娘は心配停止。一命は取り留めたが、
もう彼女が泣き声あげることはなかった。
ひな祭りの前に生まれたので陽奈(ひな)と名付けた。
「太陽のような明るい娘に育ってほしい」娘の産声を聞きながら、
佐藤博・久美夫妻(仮名)は初めて子どもを授かった喜びに浸った。
だが幸せな時間は余りに短かった。
出産から約12時間後、陽奈ちゃんの心肺が突然止まったのだ。
陽奈ちゃんは病院の新生児集中治療室(NICU)で心肺蘇生処置を施され、
一命を取り留めたが意識は戻らなかった。
医師は「新生児低酸素性虚血性脳症」と診断、
原因については「わからない」と説明した。
今年2月14日、陽奈ちゃんは満3歳の誕生日をベッドで迎えたが、意識不明のまま。
まばたきすらできず、目は半開きで涙でぬれている。
「陽奈は胃ろうと人工呼吸器がないと生きられません。よだれが気管に垂れ込み
窒息しそうになっても、自分でどうすることもできないのです」
自宅を訪ねた私に夫妻はそう話した。
陽奈ちゃんの小さな体には管やモニターがいくつもついている。
取材中、心拍数低下や唾液の吸引の必要を知らせるアラームが頻繁に鳴る。
「一日たりとも安心して眠れたことはありません」と久美さんは振り返る。
夫妻は当初、入院先の「国立病院機構九州医療センター」(福岡市)の説明を信じ、
「娘の命を救ってくれた」と感謝していた。
だが感謝は不信と怒りに変わる。
「入院中に”この病院では陽奈のようなケースは初めてですか”と何げなく聞くと、
看護婦長は”極めてまれなケース。ここでは例がありません”と答えました。
でも、それは嘘でした」(久美さん)
嘘が発覚したのは陽奈ちゃんの事故の3ヶ月後。
'11年5月13日付の読売新聞夕刊が、
同センターで1年前にも同じ事故が起きていたことを報じたのだ。
記事によると、福岡在住の主婦が'09年11月、同センターで帝王切開で女児を出産。
約10時間後、授乳のためと称して助産師が病室に女児を連れてきて、
母親の胸に乗せて立ち去った。助産師の見回りもないまま、
約1時間20分後に女児の容体が急変して心肺停止、植物状態になった。
母親らは「病院側は、母子の経過観察をせず放置した」として、
'11年5月に民事提訴したのだ。
今年3月25日、この裁判で福岡地裁は母親ら原告側主張を大筋で認め
「1時間20分にわたり経過観察をしていなかったのは義務違反と言わざるをえず、
それを果たしていれば重い障害を負うことはなかった」として、
病院側敗訴の判決を言い渡した。
佐藤夫妻は言う。
「これは陽奈のケースとまるで同じ。陽奈も病院が経過観察を怠ったために
窒息したのではないか、と思いました」それから半年後の'11年11月、
夫妻は思い悩んだ末に病院側を民事提訴した。
九州医療センター作成の「新生児24時間観察記録」によると、
陽奈ちゃんは出生時「啼泣良好」で体重は2938グラム。
だが久美さんは不安を抱えての出産だった。高齢出産(当時39歳)で初産。
妊娠高血圧のため、妊娠36週目に緊急入院。
38週目に誘導分娩で出産したが、久美さんは不安のために前日から眠れず、
出産後は疲労困ぱい。縫合部もひどく痛んだ。
しかも出産当日の午後3時から翌日の真夜中まで、
授乳のためと称して助産師が何度もやってきて、とても眠るどころではなかった。
■助産師が抱えて部屋を出ると陽奈ちゃんの息は絶えていた
授乳時の姿勢は毎回同じ。あおむけ寝の彼女の右胸の上に、
薄い肌着姿の陽奈ちゃんをうつぶせ寝させ、乳首をくわえさせた。
「赤ちゃんやさしい病院」を謳う九州医療センターは、
「母乳育児を成功させるための10カ条」を掲げ、
母子の接触ケアを積極的に推進してきた。
母子の肌と肌をくっつけることで母乳が出やすくなり、
愛着も深まるとの考えに基づいたケアだ。
だが忙しいためか、ケアに助産師が立ち会う時間は限られ、
母子2人きりの時間がほとんど。
またケアの間、陽奈ちゃんの鼻と口は彼女の乳房にべったりついていて、
「これで息ができるのか」と夫妻はけげんに思ったという。
「ケアについて事前に病院から説明はいっさいなく、
ケアを受けるかどうかの意思確認も行われませんでした。
母乳育児と母子同室の意義についても聞いておらず、
ましてや授乳時のリスクについての説明もありませんでした」
助産師は午後3時以降、4回、陽奈ちゃんを個室に連れてきたが、授乳は失敗した。
個室の温度は約20度。大人でもシャツ1枚だと肌寒かったが、
陽奈ちゃんは産着1枚で手足はむき出しだった。
実はセンターの「観察記録」には、
出産当日の陽奈ちゃんに「心雑音」と「腸雑音」があり、
四肢と爪にチアノーゼ(寒さのため顔、手足などが青白くなる)が認められた、とも書かれていた。
そして出産翌日の午後零時過ぎ、4度目のケア中に事故は起こった。
これまでのように、助産師は陽奈ちゃんをうつぶせ寝させて部屋を出た。
深夜で部屋は薄暗く、久美さんには陽奈ちゃんの頭部しか見えなかった。
彼女は疲れていたが眠らず、1時間後に戻ってきた助産師に
「全然飲まずに寝ちゃったみたい」と言って陽奈ちゃんを渡した。
陽奈ちゃんが息をしていないことに気づいたのは、助産師が抱きかかえて部屋を出た直後のことだった。
センターで行われていた母子接触ケアに問題はなかったのか。
母親と生後間もない赤ちゃんの接触ケアは、
いわゆるカンガルーケア(以下=KC)と早期母子接触(STS)の2つに分けられる。
両者の共通点は裸の赤ちゃんを母親が抱っこすることだけ。
全く別物なのに、これまで一括してKCと呼ばれてきたため、
「勘違いを認識していないことで、事故が誘発されてきた」(産科医)といわれている。
久保隆彦・国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター産科医長が話す。
「KCは早産児を対象にNICU内でフルモニターで行い、医師らスタッフも常時観察します。
生後数ヶ月がたち、環境の変化に適応した赤ちゃんを通常の体調に戻った元気な母親が抱っこするので、
本来のKCは極めて安全。トラブル報告もありませんでした。
そもそも正期産の新生児(出生直後から2時間以内)に分娩室で実施する
早期母子接触(STS)は、KCに比べ危険度が高いのだ。
「(正期産で)生まれた直後の赤ちゃんは、胎内(水中)から胎外(空中)に出てきて肺呼吸を開始したばかり。
いわばエベレストの頂上から転がり落ちたような状態にあり、呼吸循環不全を起こしやすい。
長く苦しいお産直後の母親は、疲れ果てて赤ちゃんを十分に管理することも大変です」
このためSTSを行う際には、
事前に家族に意義や危険性を十分説明して同意をもらったうえで、
スタッフを常に同席させるか、モニターをつけて注意深く観察し、
十分な管理を行う必要がある。
久保医師は「それができないならSTSは行うべきではない」と言う。
「KCにはカンガルーがおなかの袋の中で赤ちゃんを育てるという、ほのぼのイメージがあって、
KC=安全という神話がマタニティ雑誌などを通じて広がった。その結果、
一部医療機関でSTSが安全管理不十分な状態で行われてトラブルにつながった」
また、出産後2時間以上過ぎた母子接触(「母子同室」「母子同床」とも呼ばれる)についても、
十分な安全管理と観察が必要、と久保医師は言う。
「これらはKCでもSTSでもないが、
マスコミで話題になった事故のほとんどがこの母子同室中に起きています。
とくに危険なのは帝王切開での出産の場合。
全身麻酔を受けた母親は分娩後も意識朦朧状態。母子同床にすると、
赤ん坊の窒息やベッドからの転落の危険性があります。
■「私が早く気づいていれば・・・・・・母をさいなみ続ける自責の念
また久保医師は、帝王切開でないケースでも事故は起こる可能性はあるとして、
「もし病院内で母子同室中に事故が起きたら、病院の管理責任が問われるのだから、
安全管理に十分気を配るのは言うまでもないこと」
と病院側の安全管理の重要性を指摘した。
'09年には、名古屋大学医学部付属病院でSTS中の窒息事故が発生。
当時、助産師は席を外しており、
事故の反省から名大では正期産児へのSTSを中止した。
前述のとおり、'09年11月に九州医療センターでおきた母子同室中の事故は
「鎮痛剤の影響などで母親の意識が朦朧としていた」
「病院は経過を観察する義務があった」として、
福岡地裁が3月25日に病院側の過失を判決で認めている。
佐藤夫妻の訴えに対し、九州医療センターは院長名で、こう反論を寄せた。
「本件は原告側が主張する「早期母子接触」時ではなく、
母子の状態が安定後の授乳中に起きたものです。
事故は、医学的に全く予見不可能な原因不明の事故であり、
医療機関側にこれを予見して回避措置を取るべき義務を負わせるというのは、
医療スタッフが常時監視しなければならず、その体制をとることは、
今の医療制度上、不可能であり暴論です。
(3月25日の判決で、別の女児への病院側の過失を認めた)別件訴訟においては、
暴論が判決になってしまったので、すでに控訴しており、
控訴審で徹底的に争います」
佐藤夫妻によると、把握しているだけで全国で9件、類似の事故が起きているという。
「9件全てに共通しているのは、
①子どもは健康に生まれてきた②母子2人きりのときに事故が起きた、ということ。
生まれた後も危険があることを全国のお母さん方には、
ぜひ知ってほしいと思います」(久美さん)
今年3月、久美さんは別の病院で二人目の女の子を出産したが、
母子接触は断った。
久美さんは今も後悔に身をさいなまれている。
「陽奈は、ときどき小さく泣くだけで、ほとんど目を閉じていた。
病院側の記録にはチアノーゼなどがあったと書かれ、異常のサインもあった。
私が何度も、”大丈夫か”と聞いたのに病院は対応してくれなかった。
娘が息をしていないことにもっと早く気づいていれば、
こんな重い障害も残らなかったはずです」
母の苦しみはあまりに深い。