「カンガルーケア」による重度障害、病院側の責任認めず
あなたの健康百科 メディカルトリビューン
2013年 9月13日
出産直後に母親が新生児を一定時間抱く「早期母子接触」(旧称カンガルーケア)が原因で
子供が重度の障害を負ったとして,大阪府内の女児(2歳)と両親が
病院を経営する医療法人に約2億6,638万円の損害賠償を求めた訴訟で、
大阪地裁は9月11日,原告側の請求を棄却する判決を言い渡した。
黒野功久裁判長 (杉浦徳宏裁判長代読)は,
脳障害の発生と早期母子接触の関連を否定。
子供が母親の乳房で窒息した可能性は認めつつも,
病院にその防止義務があったとはいえないとした。原告側は控訴する方針。
■注意喚起が出た後の事故
正常な時期に生まれた子供(正期産児)に対する出生直後の早期母子接触は,
従来「カンガルーケア」と呼ばれてきた。
母と子の肌を直接触れ合わせることによって母乳分泌が促進されるほか、
呼吸や循環動態の安定が得られるなどのメリットが報告され,
産科の現場で広く推進されている。
一方で,ケア中の転落や窒息といった事故防止,および出生後24時間以内に
起こりやすい急変を早期発見する観点から,安全確保に向けた基準作りも進められてきた。
用語もその間に整理され,新生児集中治療室(NICU)への入院児に行うケアはカンガルーケア,
正常出生児に行うケアは早期母子接触と呼ぶようになった(
関連記事)。
大阪の事故は2010年12月,分娩(ぶんべん)室での早期母子接触中に起きた。
母親(28歳)はスタッフの指示した姿勢で授乳していたが、
その後に低酸素脳症となり、重度の脳性麻痺(まひ)という後遺症が残った。
この病院ではケア実施に当たっての院内マニュアルが整備されており,
日本産婦人科医会報での注意喚起を受けて
スタッフによる監視を強化することも決められていたという。
このことから原告側は,事前にケアに伴うリスクの説明がなく,
早期母子接触を行う意思も問われていないと主張。
ケア開始後は担当者が30分間以上も不在にするなど監視が不十分だったほか,
女児がバスタオルなどで何重にもくるまれていて母親が異常を察知できる状況にはなく,
安全確保が不十分だったと主張していた。低酸素脳症が起きた原因としては,
低体温による呼吸停止と,乳房による窒息の両方の可能性を挙げていた。
■母親1人にスタッフ1人が付き添うのは現実的に不可能
判決はまず,分娩室や女児の状況から女児の体が冷えていたことを裏付ける
証拠はないとして,低体温によって低酸素脳症が起きた可能性を否定。
病院側に早期母子接触に伴う安全確保義務違反があったとしても,
早期母子接触と呼吸停止による低酸素脳症発生に関連は認められないとした。
また,授乳中に窒息を心配する父親と医療スタッフとのやりとりや写真,
女児のその後の状態から,授乳中に母親の乳房で女児が窒息した可能性を認めつつも,
授乳は母と子の生理的な行為であり,乳房による窒息は医療関係者が関与しなくても
容易に回避できることから,病院側にはその防止義務はないとした。
ケア中の経過観察については、事故当時公開されていたガイドライン(指針)では
継続的な監視を推奨しているが,守らなければならない規則ではない旨も注記されていたこと,
日本産婦人科医会報も監視の即時実施を求める内容ではなかったことを指摘。
さらに,この病院の看護師配置基準(患者7人に対して1人)では,
1人の母親に1人のスタッフが付き添うのは現実的に不可能だとし,原告の主張を退けた。
■分娩直後の授乳中の窒息は母親の責任か
原告側代理人の佐々木育子弁護士によると,早期母子接触中や母子同床中など,
分娩後まもない時間帯にスタッフ不在の状態で起きた子供の急変をめぐる事件は
現在全国で9件確認されており,うち7件が係争中となっている。
大阪のケースはその最初の判決だ。
同弁護士は「早期母子接触は母親が望んだことではなく,病院がさせたこと。
にもかかわらず、窒息は母親の自己責任とするような判決には非常に疑問がある。
早期母子接触や母子同室を推奨する側の本音には医療現場の人手不足があると思われるが,
分娩直後の母親は疲れ切っていて寝てしまう人もいる。そんな状態で長時間,
まだ状態不安定な子供を観察できるのか,問う必要がある」とコメント。
女児の父親(29歳)は「われわれの後にも事故は続いている。
主張が認められれば防げる事故もあるはずなのに,それが延びたことが非常に残念」と,
控訴の方針を示した。
一方,被告側代理人の米田泰邦弁護士は取材に対し,
「原告側の主張やガイドラインでは、早期母子接触中は継続的にモニタリングしなければ
ならないとなっているが,早期母子接触をしてもしなくても急変は起きる。
したがって、早期母子接触中だから特に観察しなければならないということにはならないし,
もしそうなれば、(新生児を母親の付属物と見なして人員配置の対象とはしていない)
現在の看護師配置基準の7対1ではとても間に合わない」と説明。
「周産期医療には限界があるし,お金をかければ全ての事故や急変を防げるものでもない。
判決は早期母子接触のメリットを認めつつ,そのことを明示した内容だ」と述べた。